土曜日, 10月 01, 2011

コンパクトカメラではダメだ、

 

記録するにも、コンパクトカメラではいけないんだ。それならば、iPhoneで充分、 いろいろと持ち歩いてみたけど、ミスの確立が高すぎる。 唯一許せるとすれば、リコーのGRくらいのものか。それでも、ボケのコントロールはできないし、スナップカメラとしてよくできているという範疇で、チャンスを活かすというほどではない。 あえて、今理想は、SONYのα55に、18-250mmの強引なズームレンズを付けたもの。歪は醜いが、これは、RLで現像時にプロファイル補正可能な範囲、周辺光量の落ちも同様、あとは耐久性に問題があること。 α77に、F2.8標準ズームの組み合わせがきっと理想でしょうね、これであればマニュアルでの操作も可能でしょうから。2000万画素を超えているのもありがたい。一瞬のチャンスで、B全ポスターまで行ける解像度は嬉しいですから。

   

さて、ウームコンシャス、ニュースな100人、このふたつは多分必要なカメラも別物ですね。

木曜日, 9月 29, 2011

α77のRAW対応が速い件

Nikonの新製品対応が遅いのと対照的に、AdobeのSONY対応はかなり速い。というか、製品が発売される前にアップデートがでるのには驚くばかり。
これで、すぐに利用可能。 ただ、期待していたティーザー撮影の対応はカメラ側の問題なのでしょうね、やはりメニューにはないようです。

α55で、マニュアル露出を使用したとき、絞り込みされた状態でEVFが表示されるため、外部ストロボが使えなかった問題は解決しているでしょうかね。これ治っていないと外でしたか使えないカメラになってしまうので困りものです。

どの程度の画質と、コントラスト、レンジ幅で製品はでてくるのでしょうかね。楽しみです。

火曜日, 9月 20, 2011

艶っぽい写真

意外と、SONYのレンズも悪くはない。安いから期待しないだけによりよく感じる。 特に低照度の描写はかなり高いレンズに肉薄しているのでは。 ただし、CCDとセットでごまかし合っているんだろうけど、 ただね、大きなCCDはやはり違うから。H4Dが欲しいかな。主流ではないけど、使い勝手は最高。 それだけの仕事が定期的に動く状態に早くしないと。日々、作り込むイメージとの戦いです。

土曜日, 8月 27, 2011

レンズのクォリティー

20090423-09-04-23_yu_0221 日進月歩、秒進分歩、 安易な高倍率ズームレンズ、あまりにひどい歪、プロファイルで補正はするものの、それはごまかしで、クォリティーは確実に下げている。 プロとしてのクォリティーを維持するのであれば安易な選択は墓穴をほると実感、 見慣れてしまうと悪くなっていることすら気がつかなかったりする。 いかに自分の目をリセットできるか、 いかに自分の感性をすり減らさないか、 いかに仕事と諦めないか、 得られる金額と、かけられる投資のギャップ、進歩するCCD、レンズ、 どうして良いのか悩むばかりです。 ペシミストにならぬよう、自分に嫌気がささないよう、ピリピリとした感性を持ち続けないと潰れそうですね。

金曜日, 8月 05, 2011

受け入れる臓器、受け入れる写真 WOMB



WOMB(子宮)
卵子、精子、ともに自分のものでなくても免疫的攻撃をしない唯一の臓器、
これ、話を聞いていて衝撃的な知識、

なんかそんな包まれ感、そんな大きな力をテーマとして持ちたくなってしまった。

話はどんどんと進む、

http://thinkpearl.jp/

しはらく、子宮的な写真を撮ります。意外と漠然としていない。わりと明確。

火曜日, 7月 05, 2011

カメラで写真はかわるのだろうか



解像度も、コントラストも、レンジも、フィルムの時代をゆうに越えて、思うままにコントロールできるところまでデジタルは進化した。
音の世界では、DSPを使ってなんでもシミュレートするのが当たり前、往年の名機が簡単につくりだされている。

画像でもそうかと思いきや、意外にもレンズも、CCDも、個性たっぷりだ。
ただいま、H3Dが本国送りの修理中、

大きなCCDは魅力的、それだけの再現性を持っている。Sinar54Mもさすがに時代遅れ、そろそろ今の時代に合わせないとね。
これも候補のひとつ、ただレンスのバリエーションが少ないのが気になるところ。

木曜日, 6月 30, 2011

物言わぬ商品、物を言うモデル



何か言ってくれないと不安になるものです。ものばかり撮ってきたフォトグラファーはとても独りよがりです。
お客(クライアント)が良いといえばそれでいい話で、すべて押し殺してそのお客の好みをトレースすればいい。

なまじ、自分の好みであったり、押し付けがましい感性を披露するのはマイナスなだけ。

これって、商品撮影のジレンマであり、戦ってみたり、あきらめてみたりしながら何でもできるところまで腕を磨くプロセスだと思うのです。

これに対して、モデルを使った撮影であり、肖像写真の撮影で、異なる世界です。

今はスタジオでの撮影、次は、デートしながらの撮影も楽しいでしょうね、
きっとまた別の一面が見えることになるのでしょう。

自分の写真をみて、私は誰なんだろうという問いかけなんて、とてもいい爆弾をしかけたきがしています。

月曜日, 6月 27, 2011

感性に限界があると感じる瞬間

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スタジオでの作業は資料をみたり、試して確認したり、手間をかければなんとかハードルをクリアすることはできる。
ただ、どこまで突き詰めても道具の良し悪しはでるもので、大きなCCD、大きなレンズ、たくさんの光を取り込んで無駄なくCCDにあて、適切なプロファイルで処理をしていく。なんだか今の中途半話な状況が限界を下げているでしょう。

感性も、タイミングも、
とにかく今は評価が聞きたいのかも知れません。木々の一本一本、草の輝きのひとつひとつ、倒れても若葉を付ける自然の力強さ。

それを閉じ込めてはいないか、ちゃんと生きた形で画面にしているか、
・・・・どうなんだろう、自分の感性は。

土曜日, 6月 25, 2011

フィルムの時代から、何もかわらない



あ、あとで修正するのでそこはいいですよ、
あ、あとで修正するのでメイク直さずそのまま行きましょう、
あ、あとで修正するのでバック写っていてもかまいませんから、

すみません。そんな仕事を受けるつもりはないです。便利なものは使えばいいじゃないかというタイプですし、レタッチ技術の進歩に敬意も表しています。

でも、レタッチとは、撮影時によりよくするために検討し、使用法をきめて使うべき物。
手抜きを誤魔化すものではないはずです。

とりあえず、シャッター押せば写りますから。
カメラの性能が上がっているので誰でもいいんですよ、
インタビューのついでにライターが撮ってくれればいいですよ、

いよいよやる気が失せますね、
だから、食べられるだけなんとかして、あとは好きなように作る。
作ったものが評価されればそれでいい。

火曜日, 6月 21, 2011

これで思いが少しわかったかも知れない



人を撮るのが苦手でね、
そりゃ思いがあるものですからね、合致しないと悲惨なことになってしまう。
広告で作りこんだものはそれはそれで、モデルさんもコマの一つですからいいのですが、
肖像となるとこれは難しい。

いかに美しく、クレームがこないように、

これ間違っていたことにようやく気が付きました。
そんな問題じゃない。クレームが来ないようになんて消極的だから苦手になるんですね。

ここから、100人は撮りたいですね、
その100人に葬式には来てほしいな。
それで、あのときの撮影はよかったなんて話で盛り上がってほしい。女性の方が長生きですからありでしょ。

ということで、この手の話をまとめてエッセイ作ろうかと、
撮っているといろいろとあるんですよ、その記憶が溜まりすぎるからなかなか脱皮できないのですけどね。

http://twitter.com/#!/runrun_akita

ということで、今回は、・・・・とってもキュートになってました。(かなりの予想外)
写真は承諾を頂いてから、

でも、だからといって、鬼瓦の写真をイメージにいれることはないだろうと、ツッコミが入りそう。

土曜日, 6月 18, 2011

写真で何を伝えていくのか



何も迷いがなく、オーダーがあれば、それをこなしていく作業に没頭してきました。
オーダーをこなすには、技術、テクニックが必要、で、あれば、勉強するしかない。
歯車となって、とにかくディレクタのオーダーをいかにこなしていくのか、

徐々に思いと、オーダーのズレが大きくなり、時間もお金も足りないなかで中途半端に成立させていくことに疲れてしまいました。

やはり、カメラマンから写真家としての脱皮は必要です。何を撮るのか、何を伝えるのか、

葬儀、最後のドキュメンタリー、これはきちんとやることで大きな意義を感じています。各宗派ごと、各地方ごと、すべて異なるしきたり、これから整理して、葬儀写真のスタンダードを作りたいものです。

あとは肖像写真、これは、古くからある肖像画の考え方。
写真というよりも、ルネッサンスより前の貴族の肖像画が理想。

これも、自分なりに咀嚼して、こなせるようにしていきます。たぶんあすまではピリピリです。
でなければ撮れない世界ですからね。

月曜日, 6月 13, 2011

梅雨の中休み



梅雨がやってきた。日本の四季のいい区切り。ここから空の青さがかわるんですよ。
夏の空へと

だから、低い空を見るのはこの中休みしかありません。どんより、そして、すべての光が乱反射する斜光になって、

土曜日, 6月 04, 2011

自然に扱う、自然にみせる、でもそれはライティングの力



偶然が許されないのがプロの仕事、
偶然撮影できる写真はいくらもいいものがある。偶然を期待してシャッターを切ることだってある。
ただ、それは自分の作品であり、より上を目指すときのことだ。

仕事はまったく別、
80点でいい、ただし、80点以下は絶対にダメ、
必ず80点以上というプレッシャーは耐え難い苦痛になることもある。

1.時間の区切られた建築写真
これは、外光と人工光をミックスするものでは致命的に悪い結果を招くことがある。

2.オーディションをしていない、または参加していないモデルでの撮影
一目惚れはしないほうで、じっくりと考えないと引き出すことはできません。
だからはじめてその日に会うモデルで成功させる(80点以上取る)自信はありません。



http://www.rnkdesign.com/news/news.php/?p=175

3.明確なビジュアルが描かれていない撮影
当たるか、外れるか、それは運になってしまいます。安全を見越せば80点ではなく、もっと低いところでありきたりの物を作ることしかできなくもなるのです。
なににつけても100点を目指せないのはストレスです。

金曜日, 6月 03, 2011

高感度と、描写力



困ったことにカレンダーという作業は自分の想像力と勝負になる。見覚えのある景色を創りだしてはいけない。
それはあくまでモノマネだから。

モノマネをすべて否定するものではないし、あるものからインスパイヤされることだってある。
ただ、考え方、立ち位置、そして解釈はモノマネではいけないし、オリジナリティーが必要。

さらに追加するのであれば、思いを実現する精密かつ、正確な技術力も必要。

確率はどれくらい。試して、10回に1回使えるものができればまだいいほうで、
あきらめてきたことだって数えきれない。

もうこの先はあきらめられないけどね。時間もないのだから。

火曜日, 5月 31, 2011

モデル=メンタルトレーニング



聞き耳立てているみたいな表情でしょ。とても優しい表情。
これまでに、広告の写真でプロのモデルさん(最近じゃあまりプロ意識はない気がするけど)や、選挙ポスターを撮ってきましたが毎度入り込んでもらうまでに様々な意識改革が必要で、

最近は、撮るという事自体が一つのアクティビティーにならないといけないと実感してます。撮られるモデルさんにとって。



http://thinkpearl.jp/
シンクパール 代表の難波ミチヲさん、
まだ、素のやさしさいっぱいで、小悪魔風とかまでいけなかったのが残念ですが、これまた数回やると、降りてくるのかも知れません。

http://ameblo.jp/7doors/

土曜日, 5月 21, 2011

いよいよ、カメラをiPhoneから使う時代



iPhone iPadで、ハッセルH3がコントロールできる。
これ画期的で、さらにこのスピードで動いてくれれば実用に充分なる。

カメラのコントロールと、撮影データのプレビュー
この二点で充分だ。

あと、DNGまでの変換とか設定ができればパーフェクトかな。
でも、そればパソコンの前でするのでか正しいだろうし。

なんだか日本のカメラが遅れている気がします。

定常光の時代になったかな



瞬間の光が好きだ。瞬間で切り取る感覚が好きだ。スティールでの撮影はストロボに限る。
そうそう高くはない(出力は大きいけど安物)ジェネとコンパクトヘッド。
そうだな、モノブロックは嫌い。いちいち調整のたびに発光部まで行くのが面倒だし、複数台で使用するとすべてチャージされている保証がとりにくい。

切り取る、切り取れない、
やっと定常光でシヤッターで切り取る時代がきた。

明日はハッセルのHシリーズの出番。レンズシャッターの切れ味がものを言う。

木曜日, 5月 19, 2011

広告用の写真をきちんと撮りたいものだな



素敵な仕事とというのはなかなかないもので、
素敵なモデルというというのもなかなかいないもの。

いいね、好きだな、何気なくて、
もう一度このモデルさんと仕事がしたいものだな、

土曜日, 5月 07, 2011

料理もライブになるはず



デジタルカメラと高感度化と、ハンドリングの良さは料理撮影の世界を変えてくれた。
作っているところからライブで撮影していく。こまかく作りこむよりもスピーディーに素材が生き生きしているうちに撮る。

無理なライティングよりも、店の雰囲気が欲しいと言われますしね。

水曜日, 3月 16, 2011

生と死、そして究極のドキュメンタリー



広告に限界を持ったわけでも、あきらめたわけでもありません。
これから変化していく広告に対応する必要があると思っています。

ただ、写真の記録性というものに対応していく必要があると思うのです。
カメラの性能がよくなった。誰もが写真を撮れるようになった。
ランニングコストがかからなくなった。

携帯電話のカメラですら、不足のない性能になってきた。

おかげで手軽になりすぎてクォリティーが無視されるようになってきた。
やはり、プロの腕は残さないといけない。プロは絶えず進化しなければならない。

だから究極のドキュメンタリーを撮ることにしたのです。
http://r40.co.jp/com